大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)17792号 判決

原告 X1

原告 X2

原告 X3

右三名訴訟代理人弁護士 物部康雄

被告 株式会社さくら銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 松尾翼

同 森島庸介

同 澤田和也

同 飯田藤雄

同 松野豊

被告 野村證券株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 木村康則

同 磯谷文明

同 本橋一樹

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一、請求

一、被告株式会社さくら銀行(以下「被告さくら銀行」という)は原告らに対し、各金八八〇万三一〇七円及びこれに対する平成六年九月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二、被告野村證券株式会社(以下「被告野村證券」という)は原告らに対し、各金二六六万五一八三円及びこれに対する平成六年九月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

一、本件はC(以下「C」という)の相続人の一部である原告らが、Cの相続財産である同人の被告らに対する預金等の返還請求権につき、これを共同相続したとして、各原告らの法定相続分に相当する金員の返還及び本訴提起に係る弁護士費用相当額の損害賠償を求めた事案である。

二、争いのない事実

1. Cは、被告さくら銀行との間で別紙目録一記載の各預金契約を被告野村證券との間で別紙目録二記載の金銭預託契約を、それぞれ締結していた。

2. Cは平成五年二月一〇日死亡した。同人の相続人は、Cの妻であるD、Cの子であるE、F、原告X1、同X2、同X3及びGであり、原告らの法定相続分は各一二分の一である。

3. 被告さくら銀行は、平成六年四月一九日、国税徴収法に基づく滞納処分として名古屋国税局大蔵事務官Hから、別紙目録一記載の各預金(以下「本件預金」という)のうち、滞納者Dにつき二分の一の、滞納者Gにつき一二分の一の差押を受け、同月二〇日、右Hに対し、滞納者Dにつき金五二二一万八六四三円を、滞納者Gにつき金八七〇万三一〇七円を、それぞれ支払った。

4. 被告野村證券は、平成六年四月一九日、名古屋国税局大蔵事務官Hから、別紙目録二記載の預託金(以下「本件預託金」という)のうち、滞納者Dにつき二分の一の、滞納者Gにつき一二分の一の差押を受け、同月二〇日、右Hに対し、滞納者Dにつき金一五六九万一〇九九円を、滞納者Gにつき金二六一万五一八三円を、それぞれ支払った。

(3、4の各支払を合わせて以下「本件各支払」という)

5. 被告らは、前記1記載の契約上の債権を法定相続分に従って相続取得したとする原告らからの払戻請求に対し、遺産分割協議に基づく場合か右払戻しについての相続人全員の合意に基づく場合でなければ応じられないとして、その支払を拒否した。

三、原告らの主張

1. Cが、被告らに対して有していた本件預金債権及び本件預託金債権は可分債権であるから、原告らは、Cの死亡により各自の法定相続分に応じて本件預金及び本件預託金の返還請求権を相続取得したものであり、原告ら各人の被告さくら銀行に対する債権額は各金八七〇万三一〇七円であり、被告野村證券に対する債権額は各金二六一万五一八三円である。

2. 被告らは、争いのない事実3及び4記載のとおり、国税滞納処分の執行に対するものであるとはいえ、国に対しては唯々諾々と支払を行っておきながら、私人である原告らからの支払請求には応じない。その理由とする遺産分割協議ないし合意の不存在は国からの請求に対しても当てはまるはずのものであり、被告らの差別的取扱いには合理性がなく、違法である。

原告らは、被告らの右違法な対応のため、やむなく本訴の提起、遂行を原告ら訴訟代理人に依頼し、被告さくら銀行に対する訴訟提起のため各金一〇万円、被告野村證券に対する訴訟提起のため各金五万円を超える報酬を支払うことを約し、右相当の損害を被った。

3. したがって、原告ら各人に対し、被告さくら銀行は金八八〇万三一〇七円を、被告野村證券は金二六六万五一八三円を支払うべき義務がある。

四、被告らの主張

原告らの請求は、遺産分割協議の成立ないし相続人全員の同意に基づくものでないから、被告らに本件請求に応ずべき義務はない。

名古屋国税局に対する本件各支払は、国税徴収法に基づく滞納処分の執行に対して任意の支払の形で応じたものであり、何ら違法はない。

五、争点

遺産分割協議前の相続財産である金銭債権につき、共同相続人は相続の開始により当然に法定相続分に応じて具体的な金銭債権を取得するか。

第三、裁判所の判断

一、原告らは、Cの共同相続人の一部であるところ(争いがない)、本件預金債権及び本件預託金債権がその一般的性質上可分債権であることから、相続の開始により当然に原告ら各人の法定相続分に応じて分割相続され、右の限度で具体的な預金及び預託金返還請求権を取得したものであると主張する。

ちなみに、原告らは右当然分割を主張するのみであり、遺産分割協議の成立や本件預金及び本件預託金の払戻しについて共同相続人全員の同意があることにつき何らの主張立証をしていないが、弁論の全趣旨によれば、本件においては遺産分割協議が成立しておらず、共同相続人全員の同意もないことが明らかである。

二、そこで、原告ら主張の当否を以下に検討する。

1. 民法は、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するとし(民法八九六条)、相続人が複数存在する場合においては、相続財産は各相続人の共有に属する(同八九八条)と規定しているが、他方、個別財産の共有物分割手続とは別途の総合的遺産分割方法(同九〇六条)をも予定し、この遺産分割においては、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮すべきものとしているばかりではなく、個別具体的な各相続人の相続分の算定に際しては特別受益や寄与分等の要素をも加味して相続人間の利害の合理的調整を図って定めることとしているのであり(同九〇三条、九〇四条、九〇五条)、これらの趣旨等に照らすと、遺産分割協議成立前の遺産の共有は、民法二四九条以下に規定している共有の場合とは異なり、各相続人が遺産に属する個別の財産の上に当然に法定相続分に応じた持分を有するものではなく、遺産全体について各相続人の法定相続分に応じた抽象的な権利義務を有しているにとどまるものであると解するのが相当である。

2. また、右の解釈の合理性は、もし、そのように解さなければ、被告らのように遺産に属する金銭債権の債権者である金融機関などの第三者は、遺産分割協議成立前に預金証書を有しない一部の相続人からの法定相続分に応じた支払請求を拒むことができないことになるが、右支払後に各人の法定相続分と異なった遺産分割協議がなされた場合には、不可避的に相続人間内部の遺産争いに巻き込まれてしまうことになり、専ら相続人間内部の事情により、相続財産に利害関係を有する第三者の法的地位は不安定極まりないものとなって、合理的理由のない不利益を受けることともなることなどを考慮しても明らかと言うべきである。

3. なお、原告らは、名古屋国税局の滞納処分に対し被告らが任意に支払に応じたことと対比して、被告らが原告らの支払請求に応じないことを非難するが、被告らは第三者であり、共同相続人間の内部的な利害対立の問題と同一に論ずることはできないし、また、被告らの名古屋国税局に対する支払は国税滞納処分の執行の一環であり、原告らの非難は理由がない。

4. 右のとおりであり、相続の開始により当然に本件預金債権及び本件預託金返還請求権につき法定相続分に応じた具体的権利を取得するとの原告らの主張は理由がなく、失当というべきである。

三、よって、原告らの本件請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条及び九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 須藤典明 上岡哲生)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例